筑波大学附属久里浜特別支援学校 Special Needs Education School for Children with Autism,University of Tsukuba
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3月7日 私と6年生の朝のルーティン

 朝、玄関のコーナーで子供たちと「おはよう」の挨拶を交わす。

 この6年間、すなわち赴任以来、学校にいるときの私の朝のルーティンである。したがって、このスタイル、6年生とは6年目。6年前は、小さくかわいかった子供たちも、今や私と肩を並べるほどになっている。大きくなったとしみじみ思う。

 今朝、Y君に「シュッした?」と聞くと、Y君はきっぱり「した」と答えた。子供たちは、私との挨拶の前に手のアルコール消毒をする。本校では、外から校内に入り、靴を取り換えたら手の消毒をする決まりである。ちょうど私の前にアルコールがあるので、朝の挨拶時は、私がチェック係でもある。Y君が消毒したのを、私は見逃したようだ。Y君は聞かれて、きっぱりと反論した。そこには、僕は間違いなくやった、濡れ衣を着せないでといった意思を感じた。私は、それを聞き、この自己主張ができれば、Y君は中学に行っても安心だと思った。

 三つボタンスーツの一番下のボタンを外していると、J君が近づいてきて、ボタンをはめてくれる。それをすると、少し下がって、極めて礼儀正しく、「おはよう」と言う。少し高めのキーで抑揚はないが、その分個性的な言い方になる。丁寧さを感じるJ君の挨拶が、私は好きだ。

 R君は、一音ずつ区切って「お」「は」「よ」と言う。入学した頃、彼との挨拶は片手タッチであった。ハイタッチというほどではない。優しく手を合わせる。それがR君と私との決まりであった。いつの頃からだろうか。学級の先生から、「R君は声を出して挨拶するんですよ」と教えられ、それから一音区切りの挨拶が続いてきた。R君「お」、私「お」、R君「は」、私「は」・・・。一音ずつ呼吸を合わせての挨拶だった。

 K君の挨拶は、私が始発である。彼は、私が立っていると、私の前まで来て向き合ってはくれる。だが、そこで私が挨拶をしないと、そのまま教室に向かってしまうのだ。私が「おはよう」と言うと、彼はコクンと頷いてくれる。彼の行動は静かである。まるで茶道の所作を一つ一つするように、静かに確かに行われる。

 K君と対照的なのはN君だ。N君は玄関に入ってから、ずっと何かを話している。意味が分かることもあれば分からないこともある。話しながらも靴の履き替えや手の消毒を行い、私のところに来て一瞬話をやめ「おはようございます」と自分から言ってくれる。そして、挨拶などなかったかのように、また話し始めて教室に向かう。この見事な切替に、私は、毎朝驚かされる。

 6年生の締めくくりはH君だ。ほとんどの子供が登校した後にさっと入ってくる。そして、靴箱の前にリュックを置く。しかし、すぐには履き替えずに、玄関内の定点を2往復、3往復する。それ以上することもある。ラグビー日本代表の五郎丸選手が、ゴールキックを蹴る前に、少しかがんでするルーティンのしぐさがあるが、彼の動きはそんなことを連想させる。H君の学校生活を始める前のルーティンなのかもしれない。それを終えると彼は、靴の履き替え、手の消毒、そして私への挨拶という一連の行動をさっさと行い、颯爽と教室に向かう。五郎丸選手のキックが一直線にゴールポストに向かうように、まっしぐらに。1年のとき、なかなか学校に入ろうとせず、30分もそれ以上も先生と前庭にいた面影は、もうない。

 6年間、玄関で見てきたこの子供たちも1週間後には卒業する。大きくなったなあ、たくましくなったなあ、と改めて感慨にひたった、今朝の挨拶ルーティンであった。