筑波大学附属久里浜特別支援学校 Special Needs Education School for Children with Autism,University of Tsukuba

修了証書に貼られた金メダル~卒業式の意味~

 今日、幼稚部年長組6名の修了式、小学部6年生の卒業式を終えることができた。それぞれ3年前、6年前と比べると、体が一回り二回り大きくなり、いろいろな面で成長が見られた。今後、彼らがそれぞれの進路先で、持てる力を発揮し、更なる成長を見せてくれることを期待してやまない。

 修了・卒業式(以下、卒業式)の中心は、修了証書・卒業証書(以下、卒業証書)の授与だろう。大人は誰しもがそう思うことだろう。なぜと問われれば、卒業証書にこそ3年間、6年間学んだ「証」があり、この式はそれを与えるためにあるのだから、とでも答えるだろうか。確かに、卒業式の正式名称は「卒業証書授与式」である。

 しかし、本校の子供たちで、証書をもらうことに意味を見いだせる子供は少ない。ならば、子供にとっての卒業式の意味とは何だろうか。意味を見いだせるということは、振る舞い方が分かるということだ。言葉で説明できなくても、そこでどうすればよいかが分かるということだ。本校は、子供たちにとって意味ある卒業式を追求してきた。言葉だけで、何が行われているか分からない場面では、視覚的な情報を提供してきた。校長の話、来賓の話、卒業生の思い出など、映像の入ったスライドが多用されている。子供たちは、教師の援助を受けながらも、そうした卒業式に参加し、保護者をはじめ多くの人々と学校生活の節目を意識していることだろう。

 だが、証書をもらう場面は映像化するわけにはいかない。幼稚部を修了するH君に、どうしてその意味を分からせるかが課題となった。彼は、予行のこの場面で名前を呼ばれて前に出てくることができず、会場の後ろに駆けていってしまった。ようやく担任のM先生が抱っこして私の前に連れてきて、証書を受ける格好を取り繕った。

 これまでの幼稚部の指導では、彼が興味ある世界や分かる世界を大切にしてきた。彼が興味を持った昆虫をはじめとした「生き物」の世界を広げ、イメージや言葉に結び付けてきた。また、実際の活動を通して生活上のきまりやルールを守れるようになってもきた。好きなキャラクターの世界に教師も入り、人との関係や感情と向き合うことを取り上げてきた。このようにして一つ一つ意味ある世界を重ねてきたのであり、「証書」は大事なものだ、という説明だけでは納得できない。たいがいのときには心の支えとなる先生と一緒だとしても、予行の環境変化は、彼の想像を超えるものだったようだ。名前を呼ばれて、混乱したのは、そこでどう振る舞ったらよいのか分からないことを行動で示したのであろう。

 そうであるなら、どうしても一人で証書をもらいにいってほしいと考えた教師が知恵を出すべきである。H君に、卒業式で校長から証書をもらう意味をもたせること。1週間前の予行の後、私がM先生たちに示した課題である。

 M先生から、自分たちが出した結論は、証書に好きなキャラクターのスポンジボブの金メダルを貼る、ということだと聞いた。H君は、何のために行うかが分かれば一人で校長のところまで行って帰って来られる。大好きなスポンジボブのメダル付きの証書がもらえるなら、きっと行けるという説明だった。

 本番。名前を呼ばれるとH君は「はい」と挙手した。不安な様子は見られない。そばにいたM先生が何やらサインを送られると、しっかりした足取りで私の方に向かってきた。手には、モノクロのスポンジボブの絵が握りしめられている。私の前に立った。証書を開くと、そこにはスポンジボブの金メダルが隅に貼られていた。それを見付けたH君の目が輝いた。彼は私が名前や生年月日を読み上げる間、自分の手に握っている絵とスポンジボブの金メダルが同じであることを確かめているようだった。私から証書を受け取り、しっかりした足取りで自分の席まで戻った。見守っていたM先生の肩がすっと落ちた。そして、ちょうど私から見て、H君やM先生の後方の保護者席に座っていたお母さんの目に光るものが見えた。

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