筑波大学附属久里浜特別支援学校 Special Needs Education School for Children with Autism,University of Tsukuba

乗り物を巡る物語 ~幼稚部の遊びの場で~

 幼稚部の子供たちに人気のある乗り物がある。子供たちが座ってキックをすると前に進む。キックの強さにもよるが、少々慣れた子供は相当なスピードで進むことができる。ラングスジャパンという会社が販売しているもので、プラズマカーRと言う商品名だ。商品名を何度も使うのも憚られるので、ここでは単に「乗り物」としておこう。

 幼稚部の教室を一周りして、校長室に戻るためにプレイスペースを通りかかると、4歳児のKさんとY君がこの乗り物で遊んでいた。私が通りかかったところ、3歳児のR君が教室からプレイスペースに出てきた。R君は、二人が遊んでいる乗り物を羨望の眼差しで見つめている。乗りたいらしくKさんとY君が乗り回している後を走ってついていく。だが二人はいっこうに譲る気配を見せない。R君、二人への直接交渉を無理と悟ってか、この様子を見ていた私のところに来て手をつなぐ。そして、私の手をひっぱり一緒に乗り物の後をついて行こうとする。私は、R君の健気な気持ちに動かされ一緒に乗り物の後をついていき、「R君貸してほしいんだって。」と代弁した。しかし、Kさんは「だめー。」と断固拒否。Y君は聞く耳もたず、軽快に走り去って行く。そこで、私は「R君も乗せてよ。」と交渉方針を変えた。だがこれも聞き入れてもらえなかった。二人は、ますます激しく乗り回した。

 この乗り物は熟練すると小回りがよく効く。勢いよくキックして、体を傾けると遠心力で回転する。熟達した子供たちは、壁の前でスピードをコントロールし、急旋回して衝突を避けることもできる。一方で、壁やブロックにぶつかる衝撃を楽しんでいることもある。面白半分、大人を目掛けてくることもある。人にぶつかることは厳禁であるが、故意に壁にぶつかることもいけないと教えている。Y君は、この当たりの微妙な加減を遊びにし始めた。壁の前で停まる、私の前で急旋回する、そんなことをやっているうちに、とうとう勢いあまって結構なスピードで壁にぶつかった。「あっ、ぶつかったな。」と私が少し怖い顔を作ると、Y君苦笑いでやり過ごそうとした。私が表情を変えないでいると、乗り物を置き去りにして走って教室に入った。

 R君は、このスキを逃さなかった。まんまと乗り物にまたがってしまった。その状況を教室から見たY君は、すかさず出てきてR君をどかそうとする。自分の非を認めず乗り捨てたのに、やっとの思いで乗り物を手に入れたR君をどかそうとするのである。どかそうとするY君、どかされまいとするR君。体格差はそれほどない二人だが、この時期に1歳の力の差は歴然。とうとうR君は押しのけられてしまった。そこで、私は、乗り物の前にしゃがんで乗り物を押さえて動かないようにし、Y君にことのしだいを思いださせるように話した。Y君は容易には納得せず、何度も乗り物を動かそうとした。しかし、私の力で乗り物はびくともしない。そんなやりとりを5回か6回したろうか。Y君は、あきらめたかのように乗り物を降りた。その様子を見て、R君が乗り物に素早く乗った。すると、すかさずY君はR君の後ろにまたがった。Y君は、この場を乗り切るには二人乗りしかないと思ったようだ。

 二人乗りが始まった。R君は、二人分の体重を自分のキックで進める。一人のときのようなスピードは出ないが、そこそこのスピードで乗り回す。290118_1.png幼稚部の男の先生たちが、股を広げてトンネルを作ってくれた。一人で乗り回しているKさんが軽やかにくぐっていく。二人乗りもそれに続いた。トンネルは、大きくなったり小さくなったり変幻自在である。子供たちは何度もくぐった。乗り物に乗っていない子供たちもくぐって遊び始める。

 二人乗りからY君が降りた。R君は、スピードを上げ思いっきり走らせた。290118_2.pngトンネルもスピードを上げてくぐり抜け、「やったー」といった表情を見せる。少し止まって休んだ。するとY君はまた後ろにまたがった。再びスローダウンするが、R君は嫌がるようすもなく、Y君も実力行使をしようとする様子はない。こうして10分程も遊んだろうか。

 転機は突然やってきた。5歳児のI君が、トンネル役をやっていたM先生と追いかけっこ遊びを始めた。先週、この追いかけっこ遊びの仲間だったKさんが、それまで乗り物での遊びから追いかけっこ遊びに加わった。Kさんの乗り物が空いたのである。この状況に気づいたY君は、R君の後ろからすぐさま降り、もう一台の乗り物めがけて走った。手に入れることに成功したのである。Y君、R君は、二人ともスピードを上げ、トンネルをくぐり、いい笑顔を見せた。

 去年までのY君は、かんしゃくを起こしやすかった。言葉が出始め、少しずつ広がるにつれ思い通りにならないことも向き合えるようになった。最近、私のことを「こうちょうせんせい。」と呼び、私をことのほか喜ばせてくれたりもした。今日も、一人で乗り物に乗っているときに私の横を通り過ぎるとき、私に呼びかけてくれた。その後、R君とのやりとりには、自分のやりたいことを押さえつつ現実的な解決策を探した様子が読み取れた。このY君の成長ぶりが嬉しかった。

 一方、私との付き合いの浅いR君ではあるが、最近、R君が助けを求めて私と手をつないだことがあった。そこで起こった事実を思い出せないが、R君の手の温もりが記憶にある。

 今日、乗り物をめぐってY君とR君の物語を垣間見たが、そこにはY君と私、R君と私の物語も交錯したように思う。なんとも感慨深い場に立ち会ったものである。