筑波大学附属久里浜特別支援学校 Special Needs Education School for Children with Autism,University of Tsukuba

子供の気持ちが向かうところ ~卒業式練習より~

 幼稚部教員から修了証書授与の方法を変更したいとの申し出があった。

 小学部と同じように演台をはさむ形では、校長の顔が見えず、子供の気持ちがステージに上がることに向かない、すなわちモチベーションをもちにくいということがその理由である。そこで、校長が演台に前に出るべし、という申し出であった。

 確かに子供の目線を考えると理にかなっている。そこで、今日はそういう形で練習をしてみた。演台なしのステージに立ってみると、演台で隠れている私の脚部が露わになるので心もとない気がするが、それは主要な問題ではないので、気にしないことにする。

 名前が呼ばれ、280309_1.pngステージ下まで来た子供たちは、一人であるいは先生に促されながらステージ方向を見る。私も少し腰を低くする。そうすると子供と目が合う。S君とK君は目が合うと、「にこっ」と笑顔を見せた。そして、素早く階段を上がって私の下へ来る(写真)。もともとそれ程のスペースがないところなので、証書を渡すのには窮屈であるが、それは致し方あるまい。子供の気持ちが「証書をもらう」こと、それに関連する「校長のところまで行こう」ということに、いささかでも近付いているとすれば、教員の意図も報われたことになるだろう。

 概ね、幼稚部教員が考えたとおりになった。そこで、私からも一つ注文を出すことにした。それは、K君が、好きな絵本をずっと持ち続けて参加していることについてである。証書の授与に当たって、呼名され立ち上がる直前まで絵本を持っている。もともと興味ある対象である。そうしたものを持っていて、名前が呼ばれたからといって、果たして、気持ちが切り替えられるだろうか。少しの時間、絵本をもたずにがまんしてもいいのではないか、と。

 2度目の練習で試みてもらった。絵本を持っていないK君は、呼名され、起立を促されるとすぐに立ち、ステージ下で私と目を合わせることができた。やはり、「気持ちが向かう」ところを明確にしてあげる必要があったようである。

 K君の場合、卒業式の間中、進行に気持ちを向けることは難しいだろう。式に落ち着いて参加するためには、どこかで気持ちを切り替えられる「もの」が必要になる。そこをどう見定めていくか、担任の腕の見せ所である。