筑波大学附属久里浜特別支援学校 Special Needs Education School for Children with Autism,University of Tsukuba

角番校長の挨拶日記その14 ~自分の流儀 その2~

 先週、朝の挨拶の流れを止めたところ混乱してしまったK君のことについて書いた。あれ以来、私は、子どもの行動に注文を付けることに少しばかりためらいがある。子どもにも事情があるのだし、その事情について私はよく承知していないという思いがあるからである。それでも言わなければならないときはある。

 2年生のN君、上機嫌で玄関に入ってきて、靴を取り換えるために下足の前にあるベンチに座った。そのとき、帽子を脱いだのであるが、勢いあまって帽子は彼の手を離れ、床に転がっていった。彼は、ベンチに座り、帽子は床にあるが、彼は戻すそぶりを見せない。何事かつぶやき続けている。

 N君もK君同様、自分なりのやり方にこだわりがある。そのやり方を遮られると、時として大声で訴えることがある。そこで、どうしたものかと考えたが、やはり、帽子が床に転がっている状態は一刻も早く改善させるべき事態である、という認識に至った。ほかの子どもにとっても好ましくない状態である。帽子が踏みつけられでもしたら、N君も踏んだ子どもにも良くない。

 そこで、「N君!」と名前を呼び注意を引く。まだ、何やら話しているN君であったが、もう一度呼ぶと、こちらに注意を向ける。そこで、帽子を指さす。すると彼は、床で逆さになっている帽子を床に置かれた状態のまま上下を直し、また何やらつぶやき状態に戻った。もう一度、「N君!」と呼ぶと、またこちらを見る。今度は、指さしで帽子をベンチの上にあげるように示す。彼は、帽子をひょいと拾い上げ、ベンチの上に置いた。これで、N君と帽子が並んで一件落着をみた。N君は、相変わらず上機嫌で何かをつぶやき続けながら、靴を履きかえた。彼が玄関では帽子を放り投げるものではないということを理解したわけではないだろうが、ともかくも今日は、N君の流儀に割り込ませてもらうことができた。

 先週のK君には受け入れられなかったが、今日のN君には受け入れられた。子どもも状況も違うと言ってしまえばそれまでだが、私が感じたのは「N君!」と名前を呼び、注意をこちらに向ける大切さである。K君のときには、「K君、ズック直してからにしようよ」と、名前を呼ぶことと伝えたい内容に切れ目がなかった。小さなことではあるが名前を呼び、注意が向くことを待つ。先週はこれが足りなかったのだと思う。それで全てうまくいくわけではないが、名前を呼ばれ、それに応えることで備態勢が整う、態勢が整わないままの介入は言葉はであれ、身体的なものであれ、いったん身構えなくてはならない。心を緊張させ体を固くさせる。子どもが「注意」を向ける一呼吸を大切にしなくてはならない。