筑波大学附属久里浜特別支援学校 Special Needs Education School for Children with Autism,University of Tsukuba

角番校長の挨拶日記その10 ~H君の変容~

 H君は、お母さんと自家用車で登校する。その自家用車から降りて、教室に入るまで、とても時間のかかる子どもであった。それが、この2学期に入りだんだん時間がかからなくなってきた。

 H君は、興味があることには熱心に取り組むし、内容が理解できる活動には積極的に参加する。しかし、苦手なことは強く拒否するし、新しいことにも参加したがらない。大人からの誘いかけに対して、「嫌だ」「やらない」が口癖になっている。それを無理に参加させようものなら、逃げ回り暴れ回る。

 とはいえ、学校生活には参加してもらわなければならないことがある。行事や安全に関わることなどは、参加してもしなくてもよいという訳にはいかない。ただ、本人が理解できているとは限らない。入学式のときだったか、写真を撮りたくないということで逃げ回り、お父さんに抱きかかえられてやっと写真撮影ができた、ということがあった。避難訓練などは、内容がよく分からない上、突然起こるので大変なことになる。

 登校のことに話を戻そう。昨年から今年にかけては、次のような光景がよく見られた。まず、その日の日課や行事について納得できないと、自家用車から降りようとしない。お母さんや担任のK先生が、詳しく話したり絵を用いたりして説明し、説得しやっと降りる。ようやく降りても、すぐに玄関に向かうわけではない。前庭を歩き回ったり植木の葉をちぎったりする。

 玄関に入っても、ひとしきりお決まりの行動がある。玄関内をぐるぐる歩き回ったり、置いてあるものをいじってみたり、靴を履き替えるまでしばらくかかる。その後、私の方に歩いてくるが、挨拶のためではない。角番にいる私が教室の方向にいるから、私の方に向かうのである。そのまま通り過ぎそうになるので、私の方からH君の前に顔を出し、「H君、おはよう」という。それに対しては、何とか「おはよう」と返してくれる。

 このようなH君であったが、なんと最近では、学校に到着すると程なく自家用車から降り、玄関でのお決まりの行動もなくなり、さっさと靴を履き替え、私に対しても自分から「おはよう」と挨拶してくれるようになった。どうしたのだろうと不思議に思ってK先生に聞いてみた。

 登校してからについては、何か特別な方法をとっているということではないという。K先生たちはH君の「嫌だ」「やらない」を次のように考えたそうである。H君が「嫌だ」「やらない」と言うのは、これから行うことがよく分からないことから、自分を守ろうとしているのではないか。そこで、内容が分かるようになれば、活動に参加できるようになるのではないか。本人の思いや考えを尊重しながら体験を積み重ねていくことを指導の方針にした。具体的には、興味があり好きな活動で信頼関係を築きながら、一方で、苦手なことや新しいことについては、丁寧に説明すること一応の理解ができたと思われることについて少しずつ体験的な理解ができるような学習を重ねてきた、のだそうである。その結果、いろいろな活動に参加できるようになってきた、と言う。日課については、翌日のスケジュールを前日のうちに理解できるようにしているとの説明であった。

 学習の積み重ねが朝のようすにも現れるようになった、ということのようである。1年前、ほとほと困り果てていたお母さんが、今日は、H君の姿が玄関から見えなくなってから、確かめるように玄関を覗き、安心したような表情を見せた。「早くなりましたね。」と声をかけると、「今まで長かったです。」と応えた。そこに、ひとときの安堵感が漂ったように見えた。