筑波大学附属久里浜特別支援学校 Special Needs Education School for Children with Autism,University of Tsukuba

母の日を前に 「お母さん、ありがとう?」(6年の図工)

 6年生の5人が、母の日のプレゼントとして右のような作品を作った。紙に描かれたハート型に水彩絵の具を塗り、塗ったあとハート型を切り抜く。色塗りでは混色を学習し、切り抜きでも一人一人に応じた課題が設定されていた。20140509_1.png

 昨日は、ハート型を重ね合わせて台紙に貼り、その1枚1枚に「お」「か」「あ」「さ」「ん」「あ」「り」「が」「と」「う」と1文字ずつ書き込む予定だった。その様子を担任から聞いた。

 本校の子供たちは、目に見えないものを理解することが苦手である。人の感情は、見えないものの中でも最たるものである。そこで、先生は「お母さんありがとう」に込める思いを、子供に話させて書かせることにした。お母さんにしてもらっているいろいろなことが出てきた。ごはんを作ってもらっていること、送り迎えしてもらっていることなど、たくさん話すことができた。

 「ありがとう」と書くという段になった。するとR君、「僕は、ありがとうじゃない」と言う。先生は、次に続く言葉を待った。「お母さん大好きだ、がいい。」と。「そうか、R君のお母さんへの気持ちは、大好き、がぴったりするんだね、それでいいよ。」と先生。

 今度は、その会話を聞いていたK君が考えこんだ。K君は、友達からいろいろな刺激を受けて、自分で考えることが増えている。「僕は、お母さん、愛している、がいいや。」とのこと。N君も考えている。しばらくしてN君は、「やはり、お母さんありがとう」に決めたようだ。結果的に、ハート型には子供たちのそれぞれの思いが、それぞれの言葉で綴られることになった。たとえ同じ「ありがとう」でも、込められた思いが違っている。

 その母の日のプレゼントを、今日の今頃、子供たちはそれぞれ渡しているはずである。思いの込められたプレゼントを受けた母の気持ちはどんなであろうか。痺れるような思いにかられているのではなかろうか。話を聞いただけの私でも大きな感動をいただいたのだから。

 「ありがとう」を言うべき母を、私は、この2月に見送った。何かにつけ、「ありがとう」と言ってきたが、どれだけの思いが込もっていただろうか。まして、「だいすき」とか「愛している」など言ったことはない。探したらきっとあっただろう、そうした感情を表したことはなかった。感情を表すことが下手なのは私の方である。