筑波大学附属久里浜特別支援学校 Special Needs Education School for Children with Autism,University of Tsukuba

「こうちょう!おはよー」

 今日の朝、5年生のN君が、私に向かって大きな声で「こうちょう!おはよー」と挨拶してくれた。N君は、呼び止めないと私の横を通り過ぎてしまうので、今日も呼び止めようと思い身構えていた私は驚いた。と同時にすごくうれしかった。もちろん周りにいた先生は、「校長先生、おはようございます、でしょ」とたしなめていたが、笑顔いっぱいで挨拶をしてくれたことが私にはうれしかった。どうやら「こうちょう!」と呼んだときの周りの反応を楽しんでいるようでもあった。

 N君は、改めて「この人は誰?」と聞かれると「校長先生」と言う。でも名前を知っていることと、挨拶をしなければならないことは結びついてはいなかった。本校の子どもにはこういう子どもが少なくない。挨拶をする気がないのではない。挨拶する対象だと認識していないのである。誰にでも挨拶すればよいとお考えの人もいるだろうが、でもこの挨拶という行為、大人でも人との関係を微妙に考慮しているものである。道行くすべての人と挨拶をしている訳ではない。人とのかかわりが苦手な本校の子どもたちには、その人とどういう関係を結ぶべきかが分かりにくいのだろう。

 また、本校の子どもたちの多くは、「皆さん」とか「先生たち」というような、人を集団で見ることの理解がなかなかできない。「あなたは何年生か」は分かっても、「○年生の皆さん」に自分が含まれていることの理解は難しい。このことが挨拶をぎこちなくする。

 本校では、多くの教員が玄関で子どもを出迎えている。登校した子どもが「先生たち」「皆さん」という認識があれば、大きな声の「おはよう」一度で終わるのであるが、「先生たち」という認識の乏しい子どもたちは、一人一人の先生と個別に挨拶をすることになる。それは、子どもにとっても大変なことだから、素早くその場を切り上げようと走り去ってしまう子どももいる。

 今まで、私の横を通り過ぎようとしたN君も、この人には挨拶すべきかどうか分からないので早く通りすぎよう、という思いがあったのではなかろうか。そもそも視野に入っていたかどうか疑問である。しかし、この日、「こうちょう!」と呼ぶことに対する周囲の反応への期待感があったにせよ、彼は、挨拶する対象だということを発見をしてくれたように思うのである。